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健康づくり体験談

健康づくり体験談

「健康自慢」のみなさんが、日頃から取り組んでいる健康法や健康づくりの秘訣などを、ご自身の体験をもとに、ご紹介いたします。
独自のユニークなものから簡単に実践できる健康法まで、さっそくみなさんも始めてみてはいかがでしょうか?
みなさんの健康づくりのヒントになれば幸いです。
(これらの「健康づくり体験談」は、平成28年7月28日〜9月30日に募集したものの中から、ご紹介いたしております。)
※取組による効果は、個人の感想です。
〔最優秀賞〕運動部門
「笑いヨガ」に勝る良薬なし 栃木市 大𣘺 イヨ子様(87歳)
私は数え年88歳。毎日20分間、「笑いヨガ」をやるのがここ2年半の日課です。そのお陰で老眼鏡が不要になりました。ついに針の穴に糸を通せるようになった時、米寿の祝いの着物は自分で縫うことを決めました。そしてこの3月、念願を達成しました。
実は、毎日笑い続けた結果、私の身にはそれ以上の「奇跡」が起こっていました。もともと「笑い」は、病気の治療や予防に効果があることは見聞きしていました。でも、あまり笑わない自分には無理だと感じていました。ところが、笑いの体操とヨガの呼吸法を組み合わせた「笑いヨガ」は笑いと同じ効果があるというのですから、魅力的でした。
私は平成16年に「リウマチ性多発筋肉痛」と診断され、全身の筋肉痛と関節痛で身体の自由を奪われていました。でも何とかしたい一心で、杖にすがりながら8年間町の運動教室に通い続けました。その甲斐あってやがて痛みも和らぎ、杖無しで歩けるようになりました。それでも、足首の腫れと痛み、それに刃物で脚の骨をえぐられるような発作が残りました。それで、死ぬまでこの病気と付き合うしかないと、あきらめていました。
そんな折、平成26年5月の高齢者教室で、「毎日一人でできる笑いヨガ(笑いの体操)」を教えてもらいました。ある晩のこと、あの発作が起こりました。藁にもすがる思いで、『ホッホ、ハッハ、ホッホ、ハッハ』と笑いの体操を繰り返しました。すると不思議!…痛みが引いていったのです。笑うとモルヒネの数倍の鎮痛効果を持つホルモンが脳から分泌されるのだそうです。あまりにありがたくて『明日からは毎日欠かすことなく「笑いヨガ」を実践します!』と、思わず心に固く誓った次第です。
その後、あの激痛を伴った発作は、二度と起こりませんでした。そして、足首の腫れと痛みも取れていきました。そこで血液検査をしていただいたら数値が正常化しており、平成28年1月6日には、10年間飲み続けたステロイド薬を止めることができたのです。
また、毎日笑う体操をしているので、ムッとした時にもハハハハ!心配事があってもハハハハ!と、嫌なことは笑い飛ばす習慣が身につきました。とにかく今は毎日畑に出て、高齢者教室にもおしゃれに気をつけて出かけるなど、充実した日々です。
「笑いヨガ」を通して手にしたこの幸せは、リウマチという難病を授かったお陰と感謝しています。次の目標は、卒寿の祝いに手縫いの紫の衣装で記念写真に納まることです。何もかも良いこと尽くめで10歳くらい若返ったような気がします。私の体験談が少しでも皆様のお役に立てるようお祈りし、感謝の言葉に代えたいと思います。
Dr.前原のワンポイントチェック!
「笑いヨガ」をやることで、全身の筋肉痛と関節痛が消えていき、実際10年間飲み続けたステロイド薬も止めることができたとのこと。
そして「笑いヨガ」を通して手にした幸せは、リウマチという難病を授かったお陰と感謝しています、とのご意見は素晴らしい発想です。どうぞ今後も辛いことは笑い飛ばして卒寿のお祝いを迎えてください。
〔優秀賞〕運動部門
膝痛を感じなくなったこと 宇都宮市 武田 よし子様(82歳)
満60歳で定年退職した私は、65歳の時にウォーキング協会に入会し、富士山を登ることができました。また、あちこちのウォーキング大会に参加できて、足は強い方だと自負していましたが、75歳ぐらいから膝に痛みを感じ思うようにウォーキング会の行事に参加できなくなってしまいました。家の周囲を歩くのにも杖を使うようになり困ってしまいました。
当時、NHKの健康番組で「膝痛は足の筋肉を鍛えることしかない」と受け取りました。
毎日腹筋運動や足の上げ下げ、両足廻しなど熱心に取り組みまして、いくらか効果はあったようですが、はかばかしくありません。
そんな時、新聞記事で見た「横臥での足上げ運動」です。これだ…と思い早速に試してみました。毎夜、就寝前にふとんをマット代りにして片足100回ずつ(左右で200回)を実施しました。100という数は凄い数であることを痛感しながら、ときどきは無意味さでくじけそうになりましたが、それでも「10、20、30……50でひと休み、あと50だ、がんばれよ」と自分を励ましながら何か月が過ぎたころ杖なしで歩けるようになっていました。
あるとき散歩程度に歩いていると、「あらあ、杖つかないで歩けるようになったの、どこの医者に行ったの。」と近所の人に声かけられ自分では気付かない内に元のように歩けるようになったのだと自信がつきました。
私の体験をぜひ、多くの人に知らせたいと思い老人会の集まりのときに出た膝痛の悩みにチャンスとばかり体験を話し始めると「100回も……バカバカしい。」と言われたり「そんな…」と言わんばかりの態度を取られ、信用してくれないのかと自分を責め余計なことかと反省もしましたが「いや、人は人、自分は自分で、わかってもらえなければそれまでよ」という気分になりました。
私が膝痛で悩んでいた頃、ある知人も悩んでいましたが、その方は手術をなさいました。
運動に頼らず手術という方法もありますがそれぞれの生活パターンで何も言えません。
でも、膝痛の悩みから解放された私は、今82歳で特に医者にもかからず毎朝、元気に家のまわりを3,000歩の負荷をかけて歩いています。田園風景豊かな汚染度の低い空気を腹式呼吸(笑いヨガで教わりました)で吸って健康には自信満々で歩いています。
「足がお丈夫ですね。羨しいですよ。」と若い人に声かけられると私の健康管理は100点と言えるかな?なんてうぬぼれています。
Dr.前原のワンポイントチェック!
膝痛は足の筋肉を鍛えることとして、「横臥での足上げ運動」を毎夜、就寝前に片足100回ずつ実施したところ痛みがなくなり杖なしで歩けるようになったとの経験。良かったですね。医学的にはすべての変形性膝関節症患者さんが運動だけで治るとは言えませんが筋肉の運動は重要です。
〔優秀賞〕生きがい部門
生きがい 益子町 髙松 フミ子様(94歳)
益子町の中心より5㎞くらい東南の山里にすむ94才になるおばあさんです。
健康で暮らすのは体をよく動かす事ではないでしょうか。一番健康で居られるのは昔とちがい国の方で老人は一割と言う医療費で見てくれるやさしさが一番ではないでしょうか。有難く思って居ります。年を取ると体の動きは鈍くなりますがなるべく動かして居る方がよい様です。
私の家庭は母子二人きりです。淋しい時もあるけれど自分に授かった運命と思いくよくよしないで前向きに日を送って居ります。
朝起きれば食事から洗たく全部一人でやって、少しばかりの田んぼをつくって野菜も自家用は作って居ります。同じ年で仲よくして居た友達は皆介護の方へ行って淋しいです。
でも70~80代の人が友達になって頂き、月一度の集まりや折紙人形色々と指先を使って物作りなど楽しいですよ。
長い人生を送る中には色々とありますが、くよくよしないで前向きに月日を送って行けば健康で行ける様な気がします。
私も年を重ねて行き、まもなく95才になりますが、命あるうちはなるべく元気で明るく暮して行きたいと思って居ります。
Dr.前原のワンポイントチェック!
94歳になってもなるべく体を動かし、前向きな日々を送っていらっしゃる。食事から洗濯全部一人で行い野菜も作っている。指先を使った物作りなども楽しんでいる。どうぞ今後も元気で明るく暮らしてください。
〔佳作〕運動部門
運動 宇都宮市 内田 徹様(77歳)
私は今から4年前の9月です。右膝の手術を受けたのは。それまで主な運動はハイキングと散歩で歩くことでした。それがその年の春ごろから痛みが出始めました。それでも無理をして夏まで頑張り、8月1日男体山の登拝祭に参加することにしました。登頂はどうにか成功しましたが下山で痛みが強くなり、その後診察を受け変形性関節症と診断されて約ひと月入院しました。長い前置きとなりましたが、退院後リハビリ中に先生より今後は散歩ではなく膝に負担の少ない自転車を勧められました。そんな訳で、庭乗りから始めた自転車が今では手離すことの出来ない運動具のひとつです。天候や用事の外は続けてきました。
一日走る距離は40~50㎞で3時間位です。無理のないスピードで楽しんでおります。今年は県内の大会に宇都宮市と那須町、9月の日光市は96㎞を完走することが出来ました。大会では日頃自転車を通して知り合った人たちと顔を合せることもあり、これからも頑張ろうと気持ちを強くしました。家にいれば日中は一人で過ごすので、会話も体を動かすこともありません。そのことで一日が長く感じる日々でした。外に出る様になってからは、自然に変化する季節その景色を風を体全身で受けて感じる事が出来ます。山や川や木々、鳥や花や田畑を日々楽しみ気分転換しています。時々歌なども詠み、その感動等日記がわりに書き留める日もあります。又仲間と会い色々と情報交換して、参考になることなど取り入れたりします。新しい出会いも時々あり、人と話す機会も増えております。昼食は決めた場所はなく、その時どきの公園やグラウンド、河川敷で食べます。休日には学童野球やサッカー、テニスを遠くから観戦したりで毎日が遠足気分です。これらの行動で個々の詳しいデータはわかりませんが、一日の走行により食欲も増し心肺機能と手や足の筋力も付き、適度の疲労で夜の睡眠も熟睡する等良い効果の結果と考えております。これからもひと日ひと日大切にして一日でも長く続けることが出来ればと願っております。
なお、続けるうえで特に注意すべき点は交通事故だと考えております。車よりスピードは落ちますが対自転車や自動車と衝突の場合、生死にかかわる重大事故となりますし、加害者となることも十分あります。以上短期間で参考に成るかわかりませんが私の体験をお知らせ致します。
〔佳作〕運動部門
運動に関する健康法とその効果 宇都宮市 福田 義男様(77歳)
67歳(平成18年)で仕事を離れた。
在職中は毎年1回、職場の健康診断を受けていた。毎回どの項目も正常な範囲の数値が並んでいる。本当はありがたいことだが、検査の方法に手抜きがあるのではないかと疑ったこともある。もちろん自覚症状は何もなかった。
職場を離れて6年後(平成24年)の夏の健康診断で驚く数値が出た。血圧は140台後半。時どきめまいが起きるようになった。
耳鼻科で処方された血流を改善する薬を飲み続けたが効果がない。
6年間、ほぼ毎日パソコンを操作していた。椅子に座ること6時間。それを超える日もあった。
ある日のテレビ番組に目がとまる。健康維持には、毎日適度の運動を続けることが大切という。説得力があった。
それを聞いて、6年間、ほとんど体を動かしていないことに気付いた。体が重い。
運動の効果は数か月つづけなければ現れないという。
薬の服用で血圧を下げることは簡単のようだが、それは最後の手段と考えた。
めまいは、寒い時期に集中して多く起きている。長い時間冷気に当たり体を冷やすと直ぐに起きることがわかった。
めまい解消と血圧降下のため毎日8,000歩、歩くことにした。血圧は朝晩1日2回、記録した。半年ほど過ぎたころようやく効果が見えてきた。
現在(平成28年9月)、散歩を始めて4年になるが、めまいの兆候は全く現れていない。 
血圧は、130台を保っている。
現職中は、山歩きとスキーに多くの時間を費やしたが、離職して2年も経つと転倒の恐怖感に脅えるようになり、山仲間に惜しまれながら止めた。
離職後の楽しみは、パソコンを自由に操ることと決めていた。
命のある限り体力に応じた運動は、欠かせないようだ。雨の日が何日もつづくと散歩に出られないのでストレスがたまる。
夏の暑い日、しっかり汗を流すと冷房で冷えた体が生き返る。冬の寒い日の8,000歩は、手袋が邪魔になる。程よい疲労感を持って家にもどると、一日の大事な仕事を終えた満足感で心は満たされる。
増えた体重は現職中の数値(50キロ)に戻った。この4年間、薬は何も飲んでいない。
風邪にも見放されている。
〔佳作〕運動部門
運動法に関する健康法とその効果 宇都宮市 釜井 健蔵様(81歳)
私は現在82才で70才からはじめた卓球について話をしたいと思います。
65才で定年退職してからは家にいる時間が長くなり、時間を持て余していました。もともと庭いじりが好きだったこともあり、家の近くで畑を借りて野菜をつくり雨の日以外は世話をしに出掛けていましたが、出掛けるのは畑と日々の買い物くらいで1日で歩くのは3,000歩程でした。
70才のときに地区で65才以上の人が集まって卓球をしていることを知り、初めて参加しました。1週間に1度、休憩を入れて2時間ほどで、約10人くらいが毎回集まります。最初に柔軟体操をして年齢を考えながらけがのないように安全第一に行っていますが、年に1回大会もあるので1つの目標になり、めりはりがつきます。また、卓球で知り合った仲間と食事に行ったり、近況を話しあってストレスを発散したり、アドバイスをもらったりして元気になることも多々あります。桜の季節になると近所の公園で花見をしたり、紅葉を見に行ったり、何もないときでも、散歩に行ったりと出掛ける機会も範囲も広がりました。卓球の仲間が誘ってくれた週に1回の輪なげの会や週に2回公園でのラジオ体操にも参加するようになり、人との出会いがさらに広がって大きくなり、3,000歩だった歩数が1万歩程に増えました。
また、ずっと続けている野菜づくりも家族が喜んで食べてくれるのですが、集まりの場に持っていくと、さらに多くの人にふれてもらえて、反応が返ってくるのが嬉しく、味はどうか、今度はどうしようかと、わくわくし、やりがいや楽しみにつながっています。
40代では腎臓を1つ摘出したり、痔の手術をしたり、心臓の治療をしたりと健康体とは言えませんでしたが、現在大病もなく、体の不自由もなく、補助なしで生活が出来ています。
卓球にどれくらいの影響があったのかは、はっきりとは分かりませんが、充実感や楽しさが増えたのははっきり実感しています。
家族からは気付くと家にいないと笑われることもしばしばです。
〔佳作〕生きがい部門
生きがいの実践 那須烏山市 倭文 威夫様(95歳)
生きることの喜びを、生きがいが育ててくれる。私は生きがいを育てることを目指し、気力を軸とし、知力・体力を支えとして実践している。
知力の面では、感動を与えてくれた偉人の生き様を書いた本を読み、その境地に浸っている。できればその片鱗でも、自分なりに自分の生活の中に取り入れたいと思っている。
自分のことを一番よく知っているのは本人である。身体の変調に気づき、速やかに対応できる知識を持つことは必要不可欠である。
本棚に備えてある家庭医学書を度々読んでいるが、身体の保持と同時にボケ予防にもなっている。
私の趣味のひとつに絵画と書道の鑑賞と実技がある。趣味を持つことは長生きの手段である。繰り返し実践することが生きがいの原動力となっていることに気づいてきた。
体力の面では、定期的に医師の診察を受けることは当然のことであるが、ほかに、毎週木曜日に介護サービスを受けている。その施設の日課のひとつであるリハビリを職員の指示により実施している。
私の体力の弱い部分に焦点をあてて組み立てられたリハビリは効力があるので、デイサービス当日だけで終わることなく、以外の日でも参考にして実施している。
その他、健康の保持増進に関係する運動を無理をしない程度で、毎朝行っている散歩の後に実施している。何をするのにも継続が大切であるが、体力をつけるうえで特に要求される。
知力、体力の実践が生きがいの要素であることに自信を持つことができた。今後更に工夫し、生きがいを育てる目標達成に励もうと思っている。
〔佳作〕生きがい部門
生きがいに趣味を選んで健康づくり 那須烏山市 平野 勝夫様(78歳)
会社員生活を定年退職し、ご縁があって自分の出身地ではない烏山町に終の棲家を定め、第二の人生をスタートさせました。
地域の行事への参加などを模索しつつもなかなか自分の行動の方向づけも出来ずにおりました。そんな中、誘われて詩吟の会に入会することになり全く初めて詩吟に接することになりました。会の趣旨、和歌「よき友にまじはりてこそおのずから 人のこころも高くなりけれ」を全員で朗詠をして始まる教室でした。知人僅か1名の当地の自分にとって良き友をつくれる詩吟の会は、なんともうれしく思われ毎週の教室を楽しみにする生活が始まりました。
腹式呼吸を意識して高らかに発声し詠うことはストレスを寄せ付けず教室が楽しく体調は健康そのものとなっていきました。
40数年前の学生時代に接した「唐詩選」を改めて購入、あらためて当時の想いを楽しみました。毎年行われる流統の審査会に向けての勉強、大会出演の勉強と新しい漢詩を学ぶのもハードながらも楽しいものです。教室のメンバーとも良き友のお付き合いも深まりました。学んだ漢詩の背景、往事の出来事などを自分の眼で確かめながら詩文の理解を深める為、先ずは身近な水戸市に「弘道館に梅花を賞す」の弘道館をメンバーと訪れ、「水戸八景」の各地も体感しました。福島県に飯盛山を尋ね隊士墓前にて「白虎隊」漢詩を吟詠奉納しました。平泉中尊寺にては千田貫主(日光出身)にご案内いただき金色堂正面にて「平泉懐古」をご一緒に奉納吟詠出来ました。教室メンバーにて漢詩所縁の地を旅するなかで更にメンバー同士の結びつき、懇親が深まり「よき友」が生まれ生活に充実感が深まりこれに伴い健康状態もすこぶる好調に過ごしております。
栃木県芸術祭等の大会の舞台にて緊張感を持って詠うこともリタイヤ後の生活の中では得難い経験を持続でき、精神面での衰えを防ぐ有効な力となっております。吟詠を学ぶ中で今まで知らずにいた多くの我が国の先人、漱石、啄木、良寛、乃木希典、新島襄、等々の漢詩を初めて詠い健康な身体こそが新しい知識を吸収でき、老化を防ぐ源となることを信じ、これからも「よき友」と共に吟詠を続けて行きます。


Dr.前原のプロフィール
前原 操 先生 栃木県医師会副会長。栃木県後期高齢者医療運営懇談会委員。
「患者さん中心の医療」、「心の通った医療」を基本理念として、下都賀郡壬生町に「前原医院」を開業し、地域に密着した「かかりつけ医」として活躍する「在宅医療」のスペシャリスト。専門は内科、消化器科。

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